中国化粧品市場に「二重構造」が定着——天猫vs抖音の戦場分断と国産化深化が生む投資機会
中国の化粧品市場が、高成長から「構造深化」の局面へ移行している。2025年の化粧品類小売額は4,653億元(前年比+5.1%)と、かつての二桁成長は影を潜めた。だが、この数字が示す「落ち着き」の裏に、投資家が見逃してはならない地殻変動がある。
プラットフォームの二極化、国産ブランドの品類別浸透、そして外資の選択的撤退——この三つの変化が同時進行する今こそ、中国化粧品市場の「本質的な構造」を読み解く好機だ。
現在の市場状況:「平穏」の中に潜む地殻変動
2024年のスキンケア市場規模は2,712億元。5年複合年間成長率は2.1%に留まり、市場は明確に「平穏成長フェーズ」へと移行した。急拡大の時代は終わった——これが市場の素直な読み方だ。
しかし、品類構成を見ると話は変わってくる。保湿・クリーム・エッセンス等の中核カテゴリが市場全体の61%(1,654億元)を占め、面膜(9.5%)、クレンジング(8.7%)がこれに続く。成長の余地は「市場全体の拡大」ではなく、各品類における国産ブランドのシェア奪取とチャネル選択の巧拙に移りつつある。
国産化率のトレンドがこれを裏付ける。2015年に22%だった国産比率は2024年に31%まで上昇した。数字だけ見れば漸進的な変化に見えるが、品類ごとに分解すると、その速度と方向性は大きく異なる。
レポートから見える変化
重要トレンド①:天猫は「強者恒強」、抖音は「流動する戦場」——二重チャネルの分断
今、中国化粧品市場を理解する上で最も重要な構造変化が、天猫(淘天)と抖音のチャネル分断だ。両者はもはや「大きなECの中の二つのプラットフォーム」ではなく、まったく異なるゲームルールが支配する別々の市場として機能している。
天猫では、主要品類のトップ50ブランドの集中度(CR50)が高水準で安定している。眼部ケアの73.5%を筆頭に、日焼け止め(72.7%)、フェイシャルエッセンス(68.6%)と、上位ブランドが市場を固定的に押さえている。2019年以降、乳液・フェイシャルクリーム・エッセンスの上位ランキングはほとんど動いていない。天猫は「サーチ型EC」として成熟し、すでに確立されたブランドが支配する「固定格局」の世界だ。ここでの新規参入は極めて難しい。
対照的に抖音では、同期間にCR50が全体的に低下傾向にある。乳液・フェイシャルクリーム・エッセンス・面膜・クレンジングで上位の入れ替えが活発に起きており、「ライブコマース運営能力の高いブランドが台頭する、不確定性の高い成長チャネル」という性格が鮮明になっている。
この二重構造が意味するのは、ブランド戦略の二段構えが必須だということだ。天猫でのプレゼンス確立はブランド信頼性の基盤となり、抖音での運営力はリーチと成長速度を左右する。珀莱雅(Proya)が両プラットフォームでトップを維持できているのは、この二軸を同時に制御できている希少な事例に他ならない。
重要トレンド②:国産化は「品類によって戦況が全く異なる」
国産化率の上昇を「一様な外資離れ」と捉えるのは誤りだ。品類ごとの戦況は鮮明に分かれており、これが投資機会の精度を左右する。
最大の変化が起きたのは面膜だ。2015年の国産比率31%から2024年には62%へと跳ね上がり、実質的に国産化が完了した品類となった。一方、コア品類である保湿クリーム・エッセンスの国産化率は18%から28%と、依然として外資優位が続く。スキンケアの「中枢」を占める品類では、ロレアル・エスティローダーといった高級外資ブランドがいまだに優位を維持しており、ここが国産ブランドにとって最後にして最大の「未開拓地」だ。
注目すべきは日焼け止め(防晒)だ。国産化率は12%から30%へと急伸し、成長余地がまだ大きい。資生堂がAI配合開発プラットフォーム「VOYAGER」を活用した「香氛+カラー」スプレー日焼け止めを開発するなど、外資も技術差別化で対抗姿勢を見せているが、価格帯・ライブコマース適性の両面で国産ブランドが攻勢をかけやすい品類でもある。
品類間の「連帯率」——同一消費者が複数品類を購入する傾向——も戦略的に重要だ。エッセンスとクリームは相互連帯率が高く、この二品類をブランドとして両方制することができれば、顧客生涯価値(LTV)の観点で大きな優位を持つ。珀莱雅の「红宝石精华」でエッセンス品類を制し、そこから乳液・クリーム・アイケア・面膜へと横展開する戦略は、まさにこの連帯構造を意識した品類設計だ。
重要トレンド③:外資の「選択的撤退」と国産の資本市場登場
外資の動向もまた、単純な「撤退」ではなく「選択と集中」として理解すべきだ。LG生活健康のhinceブランドが天猫・抖音全店舗を閉鎖し市場から撤退、ColgateグループのFilorgaも天猫旗艦店を閉鎖した。これらは中位・下位外資ブランドが競争に耐えられなくなっていることを示す。
一方、ロレアルやエスティローダーのような高級外資はコア品類での優位を維持し続けており、市場の二極化が外資内部でも起きていることがわかる。資生堂のAI活用開発戦略は、技術への先行投資で差別化を追求する高級外資の生き残り戦略の典型だ。
国産側では、資本市場へのアクセスが一気に加速している。HBN母体の深圳護家科技と半亩花田母体が相次いで香港取引所へのIPOを申請。屈臣氏集団は香港・ロンドンでの上場を予定する。そして最も象徴的なのが、毛戈平がLVMHグループと高級美妝の株式投資ファンドを設立したことだ。中国高級コスメがグローバル資本と結びつく——これは国産化の深化が「低価格での外資代替」という段階を超えつつあることを示唆している。
日本企業・投資家への示唆
日本企業にとって、この構造変化は脅威と機会が同居する。
まず脅威面。中間価格帯の日系ブランドは、国産ブランドとの価格競争と抖音上での存在感で劣後するリスクが高い。hinceやFilorgaと同様の撤退圧力にさらされる可能性を、日系各社は真剣に検討すべきだ。コモディティ化したスキンケアカテゴリで中途半端なポジションを取り続けることは、最もコストの高い選択肢になりかねない。
機会面では、二つの方向性が浮かぶ。一つは「技術差別化による高級ポジションの確立」だ。資生堂のAI配合開発の事例が示すように、テクノロジーを前面に出した製品差別化は外資が国産ブランドに対して依然として持つ優位性だ。もう一つは「抖音ライブコマース運営のノウハウ習得」だ。上美股份のように抖音での運営能力を武器にできれば、チャネル参入の余地は残っている。
投資家の観点では、長江証券の推奨は明確だ。安定型は珀莱雅と贝泰妮——天猫コア品類での盤石な地位と敏感肌特化の参入障壁が評価される。成長型は上美股份——抖音での運営能力と品類拡張の余地が成長ドライバーだ。IPO予定銘柄を含む国産ブランドの資本市場動向は、2026年下半期にかけて注視が必要なクラスターとなる。
今後の展望
中国化粧品市場の次の焦点は、「保湿クリーム・エッセンス品類の国産化率がどこまで上昇するか」だ。現在28%という国産比率が40%を超えてくれば、ロレアル・エスティローダーを軸とした外資の「最後の牙城」が崩れ始める。これは市場全体の規模変化以上に、ブランド別収益構造を劇的に変える出来事になる。
抖音チャネルの競争激化も不可逆だ。現在は「ライブコマース運営能力」が差別化要因だが、これは時間とともに標準化・コモディティ化する。次の差別化軸は「コンテンツの質」と「ブランドストーリーの深度」へと移行するだろう。その観点では、毛戈平+LVMHのような「中国高級化粧品ブランドの世界的な格上げ」という動きが、次のサイクルを象徴する可能性がある。
まとめ:3つのポイント
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天猫と抖音は異なるゲームルールの「二つの市場」:天猫は確立ブランドが支配する固定格局、抖音は運営能力次第でランキングが変動する成長チャネル。どちらか一方だけを見ていては、競争の全体像を見誤る
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国産化の「次の戦場」はコア品類(保湿クリーム・エッセンス):面膜・化妝水での国産化は概ね完了。外資最後の牙城であるコア品類での国産浸透が加速するかどうかが、今後5年の業界地図を決定する
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中国高級化粧品の「格上げ」が始まった:毛戈平×LVMHのファンド設立は象徴的な出来事だ。低価格での代替から、グローバルプレミアム市場への参入へ——中国コスメの位置づけが根本的に変わりつつある
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